東京山の手物語(霞が関その2)
2008.10.13 Mon
休日の霞が関を歩いてよく見てみれば、この街はそれほど変な街ではない。むしろ道路は広いし、財務省・外務省の庁舎の建蔽率は低いから空が広い。安物の高層ビルが狭い土地に林立する他のビジネス街に比べれば快適とすら言える。街路樹は立派だし隣は日比谷公園と皇居だから緑も多い。


東京山の手物語(霞が関その1)
2008.10.06 Mon
官庁街だから面白可笑しくなくていい。機能本位でいいし、そもそも顧客意識なんて微塵もないのだから民に媚びる必要もない。だから物凄く仏頂面した街だ。
特に仏頂面しているのが、財務省と外務省。古風な低層広大建築で味があると言えなくもないが、薄汚れた古臭い面白くも何ともないビルだ。前者は他の官庁に君臨するため自らを律しているのか、後者は在外公館での派手な生活をカモフラージュするためなのか、そんなふうに推測している。ハズレかもしれないが。


東京山の手物語(丸の内その3)
2008.09.29 Mon
最新のガイドはここが詳しい。本家のサイトだ。エリアマップもサイトの中のものが最新の情報を提供してくれる。ご参考にどうぞ。
丸の内はまず仲通りを歩きたい。有楽町から歩く。ペニンシュラ東京の前から通りは始まる。

東京山の手物語(丸の内その2)
2008.09.22 Mon
政府による基本設計と私企業三菱のビジネスセンター構想が結実した歴史だ。
1890年(明治23年)、丸の内一帯の土地が政府から三菱に払い下げられる。価格は 128万円。当時は原野状態で当主岩崎弥之助は何に使うかと聞かれ、「虎でも飼うさ」と答えたという。政府から無理矢理押し付けられヤケクソ気味だったのだろう。この時点でこの地をどうするかはノーアイデアだったに違いない。
やがて三菱はロンドンを手本にこの地をビジネスセンターにする構想を進める。南側の馬場先門付近から自社ビルを次々と建てていく。赤レンガ壁で尖がり屋根の欧風建築だった。一丁ロンドン時代と言われる。それでも今の丸の内中心街は野原状態のままだった。


東京山の手物語(丸の内その1)
2008.09.15 Mon
テキストでは最初に六本木を取り上げている。意図はとてもよくわかる。六本木を中心に完成した大規模再開発が東京の中心軸を変えた。インパクトの大きさが今までとは桁が違う。その意義はとても大きい。著者はその思いを込めて最初に持ってきたのだろう。
ちなみに六本木では今まで以上に規模の大きい再開発が潜行進行中だ。このインパクトも計り知れないほど大きいと思う。このあたりは別途述べたい。
私も考えた。東京を語るにあたって最初にあげるべき街はどこか。
丸の内だ。そう思う。ここは特別な街だ。この街と似ているところは他のどこにもない。

東京山の手物語
2008.09.08 Mon
テキストはこれを選んだ。
![]() | 東京山の手物語 長谷川 徳之輔 三省堂 2008-08 by G-Tools |
最近出たばかりの本だ。著者は長谷川徳之輔。かつてバブル時代に不動産関連の評論でよくテレビに出演していた。顔を見ればご存知の方も多いと思う。テレビ出演時の発言と同様、文章も歯切れのいい書きっぷりで読んでいて楽しい。街の語りと評価はさすがプロだ、説得力がある。
今月はこの本を参考に東京の街について書いていこうと思う。
学習:本多勝一「日本語の作文技術」8
2008.07.14 Mon
今回は本学習テーマの最後・番外編として、本多勝一の思想について思うところを述べたい。
![]() | 実戦・日本語の作文技術 (朝日文庫) 本多 勝一 朝日新聞社 1994-09 by G-Tools |
たぶんこれを読むほとんどの方は本多勝一をご存知ないのだろう。ネット層の主流とは世代が違う。世代的には私たちが影響を受けた最後だと思う。かつては若者に絶大な影響を持っていたが、今では名前すら「死語」に近いのかもしれない。
彼の経歴と業績はこちらから。
若者に絶大な人気を誇ったのは1970年代だろう。今が2008年だから約40年前ということになる。これまでの国内の40年の動きを10年区切りでざっくり表わすとこういうことになるのか。
1970年代:第二次安保、政治、シラケ、モーレツ
1980年代:経済、海外、バブル、日本ブランド
1990年代:バブル崩壊、リストラ、失われた10年、ネット
2000年代:右肩下がり、携帯、少子化、温暖化
もっと大きな流れで変化を表すと、
・成長経済の崩壊
・ネット/携帯カルチャーの浸透
・若者の弱体化
だろうか。見方はいろいろあるが。
70年代に若者を中心に広く受け入れられた本多の思想を、これもまた大雑把に言うと、
・自然環境/原住民族の尊重
・強大な国家権力による覇権主義、偉そうな態度、それに対する徹底的反抗
・弱者の視点から行なう、権力体制への徹底的批判
ざっくり言うとこんなところだろう。
もうひとつ言うべきは、彼が朝日新聞社の記者であり続けたことだ。定年まで勤めている。商業ジャーナリスムの枠組の中で活動し生活の糧を得ていたのは厳然たる事実だ。
これらがどう関係するのか、つらつら考えてみた。
学習:本多勝一「日本語の作文技術」7
2008.07.07 Mon
![]() | 実戦・日本語の作文技術 (朝日文庫) 本多 勝一 朝日新聞社 1994-09 by G-Tools |
本多勝一の思想についてはどこかで触れようと思っているが、日本語文章の書き方指南はとても参考になる。新聞記事の文章の書き方を基調とし、簡潔で正確でわかりやすい文章を書く方法を説いている。確かにそれが基本なのだ。
しかしネットの文章となると、基本以外の応用範囲の範疇に入る事柄が多い。基本は大切なのだが、紙面の文章と画面の文章は違う。そう考える方が自然なことも多い。
このあたりはこの場で結論づけることは不可能なので、いくつか気付いたことをあげて今後よく考えてみることにしたい。
紙面の文章と画面の文章の違いは確かにある。
野村正樹さん講演会−作家に文章を学ぶ
2008.06.30 Mon
先週の25日(水)に作家の野村正樹さんの講演会と2次会に参加した。なお、野村正樹さんのこの講演シリーズは安価(3000円)で参加自由なので、ご興味のある方はこちらからどうぞ。次回は9月25日でテーマは未定だ。
演目は「他人に伝わる文章の書き方〜自分を文章で表現する方法〜」、まさにタイムリー、実はこの企画を待っていたのだ。
レポートの前に野村正樹さんを紹介する。
講師紹介:野村正樹氏プロフィール
1944年神戸市生まれ。67年慶應義塾大経済学部卒。サントリーに入社。
以後28年間にわたり営業・宣伝・マーケティング・流通開発などを担当。宣伝部には15年間在籍し、トロピカルカクテル、ブランデーアメリカン、缶ビーなどのキャンペーンプロディユーサーも歴任。
79年:創業80周年記念論文で優勝し流行語「シティ・ウォッチング」を生む。
86年サントリーミステリー大賞応募作「殺意のバカンス」で推理作家デビュー。
91年「シンデレラの朝」で日本文芸大賞現代文学賞を受賞。
94年創業90周年記念事業のサントリーミュージアム「天保山」を開館して、広報部長に就任。95年50歳を機に早期選択定年制度で退社・独立してNMLオフィスを設立。以後、著作・講演活動に専念して現在に至る。
著書多数。日本ペンクラブ、日本文芸家協会、日本推理作家協会などに所属。
というプロフィールからすると、見た目も生き方もかなりスマートな方を想像するかもしれない。実は私もそうだった。慶応経済サントリー宣伝部から広報部長となれば、島耕作みたいな人物像を思い浮かべる。しかし実物はかなり違った。
こんなかんじだ。もしかして失礼な書き方をしているか、私は。

お人柄は、苦労人・左利き・女性が苦手(本人談)・鉄。これでだいたいご想像がつくと思う。無理か。まぁいいや。とにかく気さくで親切でやさしい方だ。
これが講演のレジュメで、こういうものを用意していただけるとあとで講演メモを整理する際にとても助かる。
実は去る4月、違う演目で同氏の講演を聴いていた。それでお人柄や趣味趣向などは存じ上げている。お陰で間違った先入観なしに素直に話を聞くことができた。
プロの作家は文章をどう考えているのか。学習テーマの核心に迫る。
学習:本多勝一「日本語の作文技術」6
2008.06.23 Mon
![]() | 実戦・日本語の作文技術 (朝日文庫) 本多 勝一 朝日新聞社 1994-09 by G-Tools |
テキストの内容をきっかけに、文章をどう書けばいいのか、何が問題なのか、考えてきた。前回までの考え方をおおまかに言うとこうだ。
1.文章は「ですます」調ではなく非「ですます」調にすべき。
2.非「ですます」調だと、語尾の使い方がむずかしい。よく考えて使わないと読み手に不躾で乱暴な印象を与えてしまう。
3.いいなと思う記事の文章をデジタルに分析してみると、その要因がわかってとても参考になる。
1と2だが、確かに手に取ってページをめくりながら読む本で、しかも内容は散文、だったら通用する考え方かもしれない。だがブログなどネットに載せる文章の場合、果たして本当にその考え方が正しいのか、いささか疑問が残る。
なのでネットに載せる文章、特にブログの文章はどう書くべきかに焦点を絞って考えてみたい。
そこで3のアプローチにトライする。これはいいなと思う題材を選んで分析してみる。
今回もちょっと長くなるので、時間のない方はあとでじっくり読んでね。
学習:本多勝一「日本語の作文技術」5
2008.06.16 Mon
![]() | 実戦・日本語の作文技術 (朝日文庫) 本多 勝一 朝日新聞社 1994-09 by G-Tools |
テキストはじっくり読むことにして、前回に続き文章の書き方を実践的に探ってみることにする。もちろん記事は内容が1番重要なのだが、ここでは文章という切り口で考えてみたい。
ブログを書いていて、自分の書いた記事が読み手にどのような印象を与えているかとても気になる。要するに、読み手に気に入られたい、ウケたい、という気持ちが強くはたらく。
だから文体もなるべく好かれるよう書く。「ですます」調で書くのはその現れだ。
でも「ですます」調は書き手が意図するほど読み手には好かれない。むしろ鬱陶しい印象すら与える。話し言葉で書く方が親しみ表現ができる気がするのだが、ブログだって文章という表現スタイルを使うのだから、非「ですます」調が基本なのだ。これは前回書いた。
文章表現のなかで文末表現がとても気になる。文末表現が読み手に与える影響は大きい。具体的には「〜である。」「〜だ。」「〜なのだ。」「(体言止め)」という、文末が名詞・体言で終わる表現をどう使うかで文章の印象が大きく変わる。
以前、「〜である。」の多用が読み手にとても良くない印象を与えることを書いた。その代替案も考えた。でも実際にはそれぞれをどのくらいの頻度で使うべきなのか、詳しくは考えていなかった。
なので理屈をこねているよりも、お手本文章はどうなっているのか、それに対して自分はどう書いているのか、実際に調べてみようと思いついた。で、調べて比較してみた。1つ1つ数えたのだ。日曜の午後に。
学習:本多勝一「日本語の作文技術」4
2008.06.09 Mon
テキストは前月と同じものに続編が出ている。より実戦に即したテーマが抽出されている。これも参考にしたい。
![]() | 実戦・日本語の作文技術 (朝日文庫) 本多 勝一 朝日新聞社 1994-09 by G-Tools |
テキストでは特に触れていないことなのだが、文章を書くときにまず最初に語尾の使い方で悩む。
ブログを書き始めるとき、文章の語尾を「ですます」調にするかしないかで悩んだ。当初は「ですます」調でスタートした。人に読んでもらう文章だしそれほど長くないし論文でもない。むしろ話しかける雰囲気を出したいし話し言葉の方が読み手も読みやすいだろうと思ったからだ。
「ですます」調の方が丁寧だし明るい雰囲気を出せる気がする。好かれそうな気がする。でも果たして本当にそうだろうか。
今回は記事が長いので、時間のない方は飛ばすかあとで時間のあるときにご覧いただきたい。では始めよう。
学習:本多勝一「日本語の作文技術」3
2008.05.26 Mon
![]() | 日本語の作文技術 (朝日文庫) 本多 勝一 朝日新聞社出版局 1982-01 by G-Tools |
ブログを書いていて文章で迷うことがいくつかある。そのうちのひとつが語尾の終わり方をどうするかだ。非「ですます」調がいいのか「ですます」調がいいのか、これは大いに悩むところだ。
今回はまず非「ですます」調のなかで気になる点について考えみよう。そしてそれを本書がどのように述べているかを調べてみる。
学習:本多勝一「日本語の作文技術」2
2008.05.19 Mon
![]() | 日本語の作文技術 (朝日文庫) 本多 勝一 朝日新聞社出版局 1982-01 by G-Tools |
普段何気なく書いている文章だが、正確に表現するには状況に応じていくつかの原理原則が存在する。本書はそんな原理原則をとても論理的に、かつ具体例を多く使って説明する。 懇切丁寧に、というか執拗なくらいに。
例えば、文章を書くとき何気なく使うものに「、」(読点)がある。普通は簡単な使い方をするのだが、状況に拠っては複雑な機能を持つ使い方もある。
前回の私の文章を例にとろう。
学習:本多勝一「日本語の作文技術」1
2008.05.12 Mon
![]() | 日本語の作文技術 (朝日文庫) 本多 勝一 朝日新聞社出版局 1982-01 by G-Tools |
自分でブログを書くようになって、他人が書いた文章−ブログやHP・掲示板などから新聞・雑誌・エッセイ・文学に至るまで−にとても敏感になった。
書かれた文章を読んで、読みやすい、わかりやすい、上手いなぁ、と思うこともあれば、読みづらい、わかりづらい、何が言いたいんだろう、印象わるー、などと以前より鋭敏に感じるようになった。








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