多慶屋物語その2
2008.06.27 Fri
根津界隈シリーズ、第25話。御徒町のディスカウントショップ、多慶屋ストーリー。前回に続く第2回。
前回も書いたが、これは推測記事でありフィクションなのでお取扱いにはご注意いただきたい。
多慶屋物語その2。
成功し続けるスキームを確立した。かに見えたが、時代は容赦なく変化していく。
バッタ屋から変貌をとげ、近代的なディスカウントショップに生まれ変わった多慶屋は隆盛を極める。御徒町駅から行列のような人の流れができ、下町観光ツアーの組み込まれるほど有名になる。
しかし世の中は少しずつだが確実に変化していた。敏感な多慶屋はそれに気がついてはいたが、大きくなった図体と完成したシステムは小回りが利かない。
いったん確立した薄利多売のビジネスから脱却ができない。脱却どころか薄利多売のスパイラルが加速していく。
安定した利益を確保するためには、薄利多売を持続させるか、それが崩れそうな場合は薄利を少しでも「厚」利に導かないといけない。
多慶屋の常連客がずっと同じ客層であり続けたならば違う展開になっていたかもしれない。だが多慶屋に押し寄せる客層が変化していた。
日本人客が減った。客層の主体は中国人を始め外国人の低所得者層が多くを占めるようになる。埼玉群馬茨城方面の工場労働者の家族が多慶屋に押しかける。
彼らの目的は、多慶屋の主力販売である薄利多売の食品系菓子類に集中する。他には目もくれない。低価格の要求は強くなりますます薄利化が進む。こうして利益が拡大しない形で薄利多売のスパイラルは加速する。
一方、このころから多慶屋は財布に余裕の出てきた日本人購買層向けに「厚」利を狙う商品群を展開し始めていた。多慶屋の狙いは、薄利多売の商品群を「エサ」にして厚利の商品に誘導することだった。そのために、厚利で売れ筋の商品を探し当て店頭に並べる。
これが目論見通りにはいかなかった。
薄利多売に向かう外国人の足は早い。競合店が郊外に出来るとあっさりとそちらに向かう。まず薄利多売の食品系の売れ行きが頭打ちになって、しだいに下がり出す。
一方財布に余裕のある日本人購買層向けに店頭に並べた商品群は思ったほど売れない。ねらいはよかったが、タイミングが悪かった。
インターネットがあっという間に家庭に普及した。彼らは高付加価値商品の現物を店頭では買わなくなった。ネットで買うのだ。御徒町まで来なくてもネットで購入すれば自宅まで配達してくれるし、第一値段が安い。安い多慶屋とあまり値段は変わらない。
多慶屋はネット販売にはまったく対応できずにいた。いったん作り上げた商品管理システムがネット販売には不向きであったのだ。多慶屋はネット販売に完全に出遅れた。
商品開拓を重視したため、新しいITに対応できる人材を育てていなかった。これも痛かった。
薄利多売商売は、優良顧客囲い込みの仕組みにも対応できなかった。顧客の顔が見えないまま厚利の商品開拓に走るが、開拓した商品にはすぐコンペチターが現れ厚利商売は一時凌ぎに終わる。別の商品を開拓する。コンペチターが現れる。この繰り返しだ。顧客の顔が見えないから顧客の購買アプローチが分析できない。
薄利多売商品の売行低下と売れ筋商品模索の迷走が続く。拡大路線が維持できない。通信販売やネット販売といった販売チャネルの拡大にも対応できないままである。
しかしこれでよいのではないかという判断もある。これ以上の拡大を望まないという考えだ。
多エリア拡大路線を歩まなかったおかげで堅実な現物商売が維持できている。顔は見えないかもしれないが、だからこそ来店するお客様を大切にするようになった。以前にはなかった変化だ。
少しずつではあるが、義理堅い日本人リピーターも増加してきた。
もうひとひねりあれば、再びかつての勢いをとりもどすことができるだろう。基盤はある。過去の成功体験を捨て去って、新しい変化に対応していけるかどうかに尽きる。
今年の6月、多慶屋は思い切った店内リニューアルを実行した。品揃えを高付加価値商品にシフトし、店内レイアウトを大胆に整理統合した。確かにわかりやすくなった。
しかし思ったほど客足は伸びていない。利益率は高まったが売上が伸びていないはずだ。優良顧客の固定化と販売チャネルの多角化、これらの不備が「ひとひねり」を妨げているように見える。
変化への対応にはもう少し時間がかかるようだ。あるいは現状維持を図っているのか。
余談になるが、オーナーとおぼしき年配の老人がよく店内を私服で歩いている。現場が混乱しているときなど、オーナー自らが店員に注意している。お客様・現場・従業員を大切にするオーナーの姿が垣間見れる。
写真は池之端の高台にある多慶屋の社員寮だ。静かな住宅街にこれだけの社員寮を用意している。建物の質もセンスもよい。

建物の左の部分はオーナーあるいは関係者の住居だ。社員寮の隣に目立たずに建てられている。
これだけのビジネスを行なうオーナーなら、普通は敷地内に目一杯自分達だけの住居を建てるだろう。でもここのオーナーあるいは関係者は、敷地内に自宅より大きく立派な社員寮を建てた。
この従業員に対する心遣いが多慶屋にはある。これが多慶屋を大きく伸ばしてきた要因のひとつだろうし、ここから若い世代が育っていくはずだ。
現状維持でもいいから、多慶屋は多慶屋らしくあり続けてほしい。願わくは、変化する時代に対応して大胆な変革を断行してほしい。そしてまたかつての勢いをとりもどしてほしい。
今後の多慶屋の飛躍をあたたかく見守っていきたい。大いなる期待を込めて。
前回も書いたが、これは推測記事でありフィクションなのでお取扱いにはご注意いただきたい。
多慶屋物語その2。
成功し続けるスキームを確立した。かに見えたが、時代は容赦なく変化していく。
バッタ屋から変貌をとげ、近代的なディスカウントショップに生まれ変わった多慶屋は隆盛を極める。御徒町駅から行列のような人の流れができ、下町観光ツアーの組み込まれるほど有名になる。
しかし世の中は少しずつだが確実に変化していた。敏感な多慶屋はそれに気がついてはいたが、大きくなった図体と完成したシステムは小回りが利かない。
いったん確立した薄利多売のビジネスから脱却ができない。脱却どころか薄利多売のスパイラルが加速していく。
安定した利益を確保するためには、薄利多売を持続させるか、それが崩れそうな場合は薄利を少しでも「厚」利に導かないといけない。
多慶屋の常連客がずっと同じ客層であり続けたならば違う展開になっていたかもしれない。だが多慶屋に押し寄せる客層が変化していた。
日本人客が減った。客層の主体は中国人を始め外国人の低所得者層が多くを占めるようになる。埼玉群馬茨城方面の工場労働者の家族が多慶屋に押しかける。
彼らの目的は、多慶屋の主力販売である薄利多売の食品系菓子類に集中する。他には目もくれない。低価格の要求は強くなりますます薄利化が進む。こうして利益が拡大しない形で薄利多売のスパイラルは加速する。
一方、このころから多慶屋は財布に余裕の出てきた日本人購買層向けに「厚」利を狙う商品群を展開し始めていた。多慶屋の狙いは、薄利多売の商品群を「エサ」にして厚利の商品に誘導することだった。そのために、厚利で売れ筋の商品を探し当て店頭に並べる。
これが目論見通りにはいかなかった。
薄利多売に向かう外国人の足は早い。競合店が郊外に出来るとあっさりとそちらに向かう。まず薄利多売の食品系の売れ行きが頭打ちになって、しだいに下がり出す。
一方財布に余裕のある日本人購買層向けに店頭に並べた商品群は思ったほど売れない。ねらいはよかったが、タイミングが悪かった。
インターネットがあっという間に家庭に普及した。彼らは高付加価値商品の現物を店頭では買わなくなった。ネットで買うのだ。御徒町まで来なくてもネットで購入すれば自宅まで配達してくれるし、第一値段が安い。安い多慶屋とあまり値段は変わらない。
多慶屋はネット販売にはまったく対応できずにいた。いったん作り上げた商品管理システムがネット販売には不向きであったのだ。多慶屋はネット販売に完全に出遅れた。
商品開拓を重視したため、新しいITに対応できる人材を育てていなかった。これも痛かった。
薄利多売商売は、優良顧客囲い込みの仕組みにも対応できなかった。顧客の顔が見えないまま厚利の商品開拓に走るが、開拓した商品にはすぐコンペチターが現れ厚利商売は一時凌ぎに終わる。別の商品を開拓する。コンペチターが現れる。この繰り返しだ。顧客の顔が見えないから顧客の購買アプローチが分析できない。
薄利多売商品の売行低下と売れ筋商品模索の迷走が続く。拡大路線が維持できない。通信販売やネット販売といった販売チャネルの拡大にも対応できないままである。
しかしこれでよいのではないかという判断もある。これ以上の拡大を望まないという考えだ。
多エリア拡大路線を歩まなかったおかげで堅実な現物商売が維持できている。顔は見えないかもしれないが、だからこそ来店するお客様を大切にするようになった。以前にはなかった変化だ。
少しずつではあるが、義理堅い日本人リピーターも増加してきた。
もうひとひねりあれば、再びかつての勢いをとりもどすことができるだろう。基盤はある。過去の成功体験を捨て去って、新しい変化に対応していけるかどうかに尽きる。
今年の6月、多慶屋は思い切った店内リニューアルを実行した。品揃えを高付加価値商品にシフトし、店内レイアウトを大胆に整理統合した。確かにわかりやすくなった。
しかし思ったほど客足は伸びていない。利益率は高まったが売上が伸びていないはずだ。優良顧客の固定化と販売チャネルの多角化、これらの不備が「ひとひねり」を妨げているように見える。
変化への対応にはもう少し時間がかかるようだ。あるいは現状維持を図っているのか。
余談になるが、オーナーとおぼしき年配の老人がよく店内を私服で歩いている。現場が混乱しているときなど、オーナー自らが店員に注意している。お客様・現場・従業員を大切にするオーナーの姿が垣間見れる。
写真は池之端の高台にある多慶屋の社員寮だ。静かな住宅街にこれだけの社員寮を用意している。建物の質もセンスもよい。

建物の左の部分はオーナーあるいは関係者の住居だ。社員寮の隣に目立たずに建てられている。
これだけのビジネスを行なうオーナーなら、普通は敷地内に目一杯自分達だけの住居を建てるだろう。でもここのオーナーあるいは関係者は、敷地内に自宅より大きく立派な社員寮を建てた。
この従業員に対する心遣いが多慶屋にはある。これが多慶屋を大きく伸ばしてきた要因のひとつだろうし、ここから若い世代が育っていくはずだ。
現状維持でもいいから、多慶屋は多慶屋らしくあり続けてほしい。願わくは、変化する時代に対応して大胆な変革を断行してほしい。そしてまたかつての勢いをとりもどしてほしい。
今後の多慶屋の飛躍をあたたかく見守っていきたい。大いなる期待を込めて。
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